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1500DKK - デンマークで肩を張らずに生きる -

2014年2月末より始まったデンマーク生活を気ままにお話しします。デンマーク語の勉強ネタやデンマークで購入できる商品などをまとめています。詳しくはaboutに記載していますので、プロフィールからお読みください。

一般人がただ漠然と平和を願うことについて考えてみました。

重い話題を扱うのは今回でおしまいです。
次回からはいつも通り、デンマーク生活において気づいたことや、実際にやってみたことについて投稿します。

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昨夜、デンマーク在フランス大使館前にて夫と共に献花してきました。

普通に人々が生活している中で起きた非日常的なテロ事件。
カフェでのんびりしていた人、テラスで食事をしていた人、街を歩いていた人、どうして命を奪われなくてはいけなかったのか。

「誰にも罪のない人々の命を奪う権利はない」
みんなが自然と考えていることが通じない世界にいる彼等。
どうして犯行に至るまでに追い詰められてしまったのか。
どうして自分の命を犠牲にしてまで誰かの命を奪ったのか。
そもそもどうして意思表示に人殺しを利用する必要があるのか。

デンマークのテロがあったとき、犯人が警察に射殺された場所(犯人が潜伏していた場所)は、以前通っていた語学学校のある場所でした。
テロの犯人が普通に生活した場所に私も行き来していました。
ひとりで電車に乗って出かけるのが怖くなって、遠くに出かけたら帰りは夫に駅で待っていてもらうようになりました。

いつか日本も標的になる日が来るのでしょうか。
日本の家族と遠く離れて生活している今だからこそ、その時が来ないでほしいと願ってしまいます。
もちろん、私も夫がいますから勝手に殺されたくないし、夫を失いたくもないです。
そう考えることは不謹慎でしょうか。

世界中、どの国の人達が亡くなっても私はただただ悲しいし、怖いです。
それは皆同じだと思います。
でも、正直、悲しんだり、恐怖を感じることしかできません。
争いや人殺しを止める力なんてありません。
だからこそ、綺麗事だと言われても、平和を願うのではないでしょうか。

でも、結局平和ってなんなんだろう。
人殺しが止まれば平和なのかな。
誰かが幸せなら平和なのかな。
自分が幸せなら平和なのかな。
答えは出ません。

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